二章 カラマル

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 慌てて準備をする夕姫。急いではいたが、左後髪の寝癖だけはどうしても許せず、濡らして乾かして、としているうちに更に時間が経過してしまっていた。そこに飛び込んでくるスマホの通知音。靴下を履いているタイミングだったので、制服の右ポケットから淡いピンク色のそれを机の上に雑に取り出したが、差出人の名前を見て思わず、あっ、と声が出る。そもそも雑に取り出した上に慌てたものだから、机から滑り落ちそうになるスマホ。ディスプレイとベゼルの間のギリギリの所で見事に掴み、事なきを得た。 「危なかったー。……先輩に早く返信しないと」  送り主は啓志だった。簡単な挨拶と共に、もし校長に聴けたら聴いて欲しいことが書かれている。すぐに文字を打ち始める夕姫。左足で中途半端に履かれた靴下にプリントされた熊のキャラクターが何だか苦しそうで、こっちを早くしてくれよと呆れているようにも見えてきてしまう。  そんなことはお構いなしに啓志の約二倍の長さの文章で返してご満悦な彼女に、誰か伝えてほしい。あなた寝坊したんですよ、と。 「『園芸のために他県から人を呼びましたか?』か。聴けたらいいなぁ」  夕姫が自身のミスに再び気付いたのは、目的地に向かう電車の時刻表を見た時だった。とはいえここまでくると、もう焦っても仕方がない。ふん、とため息を吐くと、あくびを噛み殺しながら到着を待つ。今日はお気に入りの水色のリュックを選んできたので、多少のことなら気持ちを乱されない。二分後に来た電車内で座席に座り、ようやくツインテールを結って、いつもの夕姫が完成した。 ◆◆◆◆  夕姫にメールを送った啓志は既に電車に乗り、今日の唯一の目的地に運ばれていた。徐々に無人駅も出てきたりしている。一応調べてはきたものの、自然豊かな過疎地という印象をより鮮明にさせられる。  老後は自然豊かな場所で過ごしたい、と言う人は多いようだが都会の便利な暮らしとの天秤で量られると後者が優位に立つ現実を、寂しげに並ぶシャッター街が見せつけていた。
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