一章 マジワル

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 弾みかけていたのか気まずかったのか。微妙な空気の二人の会話を妨げる切れ長の目の彼は、ハハハと渇いた声で笑うと、反論している夕姫をスルーして先に林を抜けていった。  林を出た所に三人が揃った時、すでに先ほどのタクシーが迎えに来ていた。先に二人を乗せた啓志が右手を挙げて合図すると、運転手はドアを閉める。 「すみません、真下先生の猫はいつもこの辺りで見つけるので、ついでに保護して帰りたいんです」  不意をつかれて驚きを隠せない二人に、白髪交じりの運転手は穏やかな声で話し始める。 「大丈夫ですよ。うちは若竹さんのとこによく使っていただいているので。今回のお代は後で事務所の方に送らせていただきますから」 「そういうことなので、今日はお疲れさまでした。佐藤先生、また明日の放課後にでもうちの部室においでください」  小気味よく続く運転手と啓志のやり取りに二人は肯定の返事しかできず、そのまま佐藤、夕姫の順に送られていくことになった。二人を見送った啓志は、伸びをして鞄から猫のおやつを取り出す。そして道路の端、雑木林の入り口にまで行ってからしゃがみ込んだ。 ◆◆◆◆ 「さて、と」  若竹探偵事務所の窓際の机。至る所に時の流れを感じさせる傷の入った木造のものだが、啓志はそれを愛用している。その上には二枚の紙があり、B5サイズの猫捜索の報告書と共に、今日あった事件らしき出来事についての現状のまとめが殴り書きされていた。  報告書はともかく、問題は今日の佐藤のことだ。気が動転していたとして、だ。人を刺して逃げておいて翌日普通に出勤していたということになる。徐々に罪悪感に(さいな)まれてあの時屋上に、ということなのだろうが、事件があった時はまだ二十時半にもなっていないはずだ。近所の人が誰も気づかないなんていうことがあるのだろうか。ぶつぶつと口を動かしながらそんなことを考えていた。
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