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「啓志、まだいたのか」
入り口に立っていたのは切れ長の目をした男性だった。若竹啓一。啓志と呼ばれた彼の父親である。鋭い目の中にも温もりがあるように感じるのは、自らの背中を追いかけている者への探偵としてのものか。はたまた熱中できることを見つけた息子への父親としてのものか。
声をかけられて立ち上がろうとした啓志をなだめた啓一は、珈琲を淹れるために機械を操作し、白いカップを二つ取り出した。珈琲の香りが部屋中に広がり、しばらくすると啓志の前に一つ置かれた。
「今度はどんな事件が起きたんだい? こんな時間まで事務所にいるなんて珍しいじゃないか」
近くに自分の机の椅子を持ってきて座った啓一に、啓志は殴り書きに目を通すのをやめて目を見て答えた。
「まだ、確信というか、事実かはわからないのですが」
言おうか言うまいか迷っている様子の啓志に、啓一は『言ってみなさい』と促した。
「殺人に関しての調査を受けました」
「警察には連絡したのか?」
飲もうとしていた珈琲を机に置き、啓志に尋ねる。声色は落ち着いているが、予想の斜め上をいく案件を探偵としてまだ荒削りな部分のある息子が受けていたという事実に驚いているようだった。
「いえ、何せ被害者が見つからないので。今の状況では警察も取り合ってはくれないでしょう」
「なるほどな。それで、これからどうする?」
意見にしっかりうなずいてから、これからの進め方を確認する。親子とはいえ、そこにいるのは探偵と探偵。安易に他の探偵が抱えている依頼に首を突っ込むことは許されないらしい。
「宮越さん辺りに、暇でしょうから一緒に来てもらおうと考えています。そこで判断していただこう、と」
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