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「宮越か。よし、連絡しておこう」
「ありがとうございます」
深く頭を下げる啓志に、啓一は止めてくれと笑い飛ばしてみせた。
「そんなに難しい事件なら手伝ってあげたいが、私は私で手一杯なんだ。すまないな」
そう言った啓一は、部屋の隅に置いていたMサイズの黒いキャリーバッグを指差した。
「泊まりの仕事ですか?」
「あぁ、二日ほどな」
息子兼同業者の質問に頭をかきながら答える。それから漆黒の文字盤に白い針が映える腕時計を見ると立ち上がり、シンクに珈琲を飲み干したカップを置いた。
「準備があるから、私はこれで。良いか、絶対に無理はするなよ」
「わかっています。おやすみなさい」
幼い子供を諭すような口調に思わず笑みがこぼれる。おやすみ、という返事を残して扉はバタンと閉められた。そこに訪れた静寂はいつもより存在感を増していて。思考の途切れた自分の頭を奮い起こそうと伸びをしながらあくびをしていると、それを遮るニャー、という鳴き声が響いた。
「明日、ご主人様の所に連れてってやるからな」
ケージの中で鳴いている真下先生の飼い猫に、意地悪そうにつぶやく。保護するのはこれで何度目になるのだろう。すっかり啓志に慣れてしまっていて、猫らしくゴロゴロと喉を鳴らしながら左の前足を伸ばしている。
「ま、仕事だからね」
諦め気味にそう言う啓志に、猫は黒い艶のある体毛を一、二回なめてからもう一度ニャー、と鳴いてみせた。
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