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県立薪条南高校は、県内有数の進学校でありながら工業科も備えているという特色をもっている。そんな学校の進学科の校舎の四階。エレベーターから降りてすぐ目の前の両開きの木製の重厚な扉の横に、『若竹探偵事務所』と大胆に筆で書かれたベニヤ板が立て掛けられている。
学校の関係者は基本的に見て見ぬ振りをする、およそまともではないその部屋のドアをノックする一人の少女がいた。生憎の悪天候ということもあり、授業を終えた校舎内は静けさを保っている。数ヵ月前から近隣を騒がせている連続通り魔事件の喧騒など全く感じさせない。
それがまるで別の街の出来事。或いは起きてもいない作り話であるかのように、いつも通りに時が進んでいた。
「失礼します」
返事を待たずに向かって左のドアを開けた少女は、その音に反応した部屋の住人にそう言って右手に提げていた鞄を部屋の右隅にある古びた木製の椅子の上に置いた。住人は読んでいた本に栞を挟んで、それを右側にある机の上から二段目にある鍵付きの引き出しにしまった。鋭い目尻とは対照的な穏やかな口調で答える。
「おや、遅かったですね」
「ごめんなさい。今日は日直だったもので」
申し訳無さそうに話す彼女に、ふふっ、と笑ってみせる。窓に打ちつける雨のせいかその声は微笑の対象には聞こえなかったようだが、少し上がった口角に、少女はムスッとした表情になった。
「もうっ! ……ほら、お詫びの珈琲牛乳です」
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