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まだ助手の彼女は到着していなかったが、躊躇することなく蹴破る勢いで扉を開けた。
「どうされたんですか!? ……佐藤先生!」
佐藤という名の国語科担当の女性教師。マイペースでいつも微笑んでいるイメージが強く、密かに憧れている生徒も多いらしい。そんな彼女の、普段からは想像もつかない姿がそこにあった。肩まである黒髪も、いつも着ているパンツスーツもびっしょり濡れている。遅れて到着した少女は、肩で息をしながら二人の会話を見守ることにしたようで、屋上の人物の正体に目を丸くしながらも声を出さずにたたずんでいた。
「若竹くんに、高宮さんも……。私、私どうしたら……」
困り果てた表情で話す佐藤の姿に狼狽しながらも、啓志は彼女を落ち着かせることに努め、そっと近づいて肩に手を掛ける。それから、ひとまず屋内に行くことを勧めた。
◆◆◆◆
「どうしよう。私……」
大人しく屋内に戻ってはくれたが、相変わらずの不安感をどこへぶつけるべきか。悩んでいるようだった。
最悪の結果を避けられた安堵から少し気持ちに余裕が出たのか、その様子を見て、勿体をつけたようなわざとらしい咳払いをする啓志。走ったときに乱れた服と髪を整えてからこう言った。
「私でよろしければ、うかがいますよ」
何とも古くさいベタな台詞だが本人としては会心の出来だったらしく、自分で何度か小さくうなずいている。
そんな啓志の言葉を俯いて聞いていた佐藤は、申し訳無さそうに二人の表情を見た。次に出す言葉でも考えているのだろうか。
「……じゃあ、相談というか。聞いてくれるかしら」
「ええ、お願いします。何かあったんでしょう?」
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