一章 マジワル

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 佐藤の言葉を走り書きでメモしていく啓志。何度か頷いてから疑問を口にした。 「そこまでは賢明な判断をされていますね。それで、なんで事件に巻き込まれることになるんですか?」  啓志の疑問は当然のものだと言えるだろう。時間が遅くなったとはいえタクシーを使ったのなら問題は生じ難いように思える。それに、万が一タクシーの運転手が相手なのだとすれば、連絡がつかないと今頃は大事になっているはずだが、今のところそのようなニュースは聞いていない。 「う、うん。それがね……。手持ちの関係で少し手前で下ろしてもらって少しだけ歩いたの。その時に後ろから肩を叩かれて……。それから先は曖昧な記憶なんだけど、でも人を刺してしまって、近くの林にまで引きずっていったのは間違いないわ」 「なるほど、そういう事情があったんですね。では、その方の特徴など、覚えておられますか?」  自身の行動を悔いている様子の佐藤の表情を一瞥して、メモを書きながら話を進めていく。どうやら彼自身は落ち着きを取り戻したようで、最初に事件について聞いたときとは違う、力強さを宿した目をしている。 「そ、そうね。背は私より少し高いくらいだったけれど、でも所謂中肉中背っていうやつかしら。顔は……フードのせいでよく見えなかったわ」  何一つヒントにならないようなぼやけた回答となったことで申し訳無さそうな表情になる佐藤を、夕姫は心配そうに見ていた。啓志はそんな二人を交互に見てからメモを閉じてゆっくり立ち上がった。
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