梅雨

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場所は、住宅街。 街灯が少なく、あまり人気がない。ここを抜ければ、国道のある通りに出るのだけれど。 振り返ると、知らない男性が虚ろな目をしてわたしの腕をつかんでいた。 わたしは鏡花ちゃんの言葉を思い出す。 ―最近、変質者が… 相手は何も言わず、わたしをさらに暗いところへ引きずり込もうとした。 そちらへ行けば、古い神社があるだけで、余計に人気がなくなる。 離して、と言おうとしたのに。 声が出なかった。 わたしはとっさに「彼」のことを思い出していた。 以前、わたしを自分のものにしようとした「彼」。 今目の前にいる人が抱えているであろう、彼によく似た心の闇に、飲まれそうで。 すごく、すごく怖かった。 けれど彼を連想したら、反射的に、抵抗の言葉が出てこなくなった。 従順、隷属。 そうした行為に、わたしは恐ろしいくらいに慣れすぎていた。 嫌だ。怖い。助けて。 何も、言葉にならなかった。
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