梅雨

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鏡花ちゃんが言ってくれたことを。 わたしは一人になってから思い返してみた。 わたしの、したいように。 昔から、欲しいものとか、したいことというのが、わたしにはあまりなかった。 自分が望まれていない子だということに、わたしは早い段階で気付いていた。 一番近くにいるひとに何も望まれていなかったから、何かを望むということを、よく知らなかった。 自分の望みについて考えるより、誰かが望むことについて考える方が多かった。 自分がそういう人間であることを、今ほど後悔したことはない。 しあわせになるためには、まず自分の欲しいものを知る必要がある、と。 いつだったか、中也君に言われたことがある。 「しあわせかどうかなんて、考えもしないような状態が一番しあわせなんだろうけど。じゃあ、そうじゃないやつはどうするかってことだよな」 何かの映画を一緒に観て、最初はその話をしていたんだと思う。 あのときあいつがああしていれば、とか。何であそこであんなこと言うかな、とか。 よくある映画の感想から派生して、彼としあわせについて話をした。 「どう、したらいいのかな」 「たぶん、だけど。自分がしたいことや欲しいものがわかってるかどうか、それが大事だと思う」 中也君は顔立ちこそ龍之介さんにそっくりだけれど、他のみんなと違って、髪と目の色は黒い。 じっと見つめられると、吸い込まれそうな感じがする。
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