梅雨

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「何もしなくてもしあわせなら、それでいいけど。しあわせに「なろう」とするんなら、何が自分にとってしあわせか、知らないと無理だよな」 そうだなと、改めて思う。 しあわせというのは不幸じゃない状態のことだと、ずっと、勘違いをしていたのかもしれない。 悲しくなくて、痛くなくて、寒くなくて、空腹でなければ、しあわせだと。 そういうことじゃないなと、少しずつ分かってきた。 それは「ふつう」と呼ばれるもので、「しあわせ」とは違う。 でも、何がしあわせかよく分からない。 だから夏目君に対しても、同じ考え方をしてしまう。 嫌われてなければそれでいい、と。 けれど、本当にそうなのかな。 昔のことを思い出した後だからこそ、しっかり考えていかなければいけない気がする。 わたしは母のことも、「彼」のことも、嫌いじゃなかった。 あの頃のわたしにとって、嫌いじゃない、というのは「好き」と同じことだったから。 好き、だったんだろう。 なのに、わたしに自分がなかったから、支えてあげられなかった。 そういうのはもう、嫌だなと思う。
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