梅雨

29/37
前へ
/37ページ
次へ
そういうふうにして、いろんなことが積み重なっていった体育祭当日。 わたしはアリスの衣装に袖を通しながら、却ってよかったのかもしれないと思い始めていた。 これがもし、体育祭でも何でもない普通の日だったなら。 わたしは夏目君が口にした「デート」という言葉に、もっと振り回されてしまっていただろうから。 少なくとも今はこの衣装に気を取られ、あまり考えずに済んでいる。 「あくまでプラスに考えれば、だけれど…」 覚悟を決め、ワンピースの上に白のエプロンを重ねる。 ちょうどボーダーのハイソックスを身に付け終えたとき。 教室の外から、そっと名前を呼ばれた。 「水上さん、着替え大丈夫?」 「あ、はい」 了承を得て教室に入ってきたのは、近澤さんともう一人、やはり同じクラスの八木さん。 八木さんもまた、応援という名の仮装に参加することになっていた。 帽子屋をイメージした衣装に身を包んだ彼女は、わたしの方を見て猫のような瞳をかわいらしく細めた。 「うわ、いいじゃん。似合う似合う」 「そう、かな…」 「すっごいかわいいよ。ねえ、美香」 話を振られた近澤さんが、首を縦に振る。 「うん。水上さんに頼んで正解」 「じゃあ始めようか」 八木さんが再びわたしに向き直る。 「始める?」 「そう。ちょこっと、髪をいじらせて?」 「髪…?」 「そのままでもかわいいけど、水上さんいつもストレートだからさ。今日はアリス仕様ってことで」 同意も拒否もせずに、流れに身を任せていると。 わたしの髪は彼女の手によってあっという間に、くるくるのふわふわに変えられていった。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加