梅雨

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「彼」といたことで。 わたしにはわたしの感情がつくられ始めていたのに。 あのときは分からなかった。そしてもう、遅い。 「リューノスケ、まずトーヤに俺と会う気があるか聞く、って言ってた」 「何でフライングするかな」 苦笑して言うと。 「会いたかったから」 とてもシンプルに返された。 「思い出したく、なかった?」 適当なようでいて、彼は繊細に感情の機微を読み取ってくれる。昔も、随分それに助けられた。 「そんなこと、ないよ」 本心だった。 もう、あのひとのことを思い出しても。 大丈夫だった。 「トーヤ、前と、違うな」 「そうかな」 「前より、何ていうか、普通?自然?そんな感じ」 「それは、いいことかな」 「すごく、いい」 二人で顔を見合わせ、一瞬の間を置いて、笑った。 「じゃあ、俺行くわ」 ハンバーガーセットを綺麗に平らげ、アレンは立ち上がった。 わたしはまだポテトが半分残ったままだった。 「いつ、東京に戻るの?」 「明日の朝には」 「そう…」 「連絡先、教えとく」 彼はお店のアンケートのペーパーを一枚取り、裏側に携帯の番号とアドレスを書きつけた。 「はい」 「ありがとう」 筆記体で書かれたアドレスは、何だかとても美しく見えた。
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