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「―……」
一昨日から繰り返し浮かぶ、低くて甘い声。
夏目君の、声。
「…夜ちゃんっ」
明るいアルトボイスに、現実へと引き戻される。
気が付けば、鏡花ちゃんが不思議そうにソファーに座るわたしを見下ろしていた。
「あ、ごめん。何?」
「今日バイトなかったよね?って泉が…」
「ああ、うん。ないよ」
「分かった。ありがとう。…夜ちゃん今日どうしたの?あんまり寝てない?」
わたしは視線を落として、曖昧に微笑んだ。
一昨日夏目君に言われたことが頭を離れず、確かにここ二日、よく眠れてはいなかった。
「大丈夫だよ。ぼーっとしててごめんね」
「何でもないならいいけど…」
鏡花ちゃんは怪訝な顔のまま、じゃあ今日は泉がカレーを作るから早く帰ってきてね、と言い残し、その場を離れた。
一昨日の、午後。
好きだよ、と。
夏目君の甘い声が告げた。
期待してはいけない、と予防線を引こうとしたわたしに、夏目君は続けて言った。
「兄として、とかじゃないから。恋愛感情で、俺は十夜のことが好きだし、俺のにしたいなと思う」
恋愛感情で、好き。
それが本当なら、すごく、すごく嬉しいはずなのに、わたしは何も言葉を返すことができなかった。
「返事はすぐじゃなくてもいいよ。ちゃんと考えて、答えてくれたら」
優しく言葉を繋ぐ夏目君の髪が、陽の光を受けてきらきらしていた。
初めて夏目君を見たときも、こんなふうに飴色の髪が輝いていた。
わたしにはない、明るい光。
きっと、あの瞬間から、わたしは彼に惹かれていたんだな。
「断ったら気まずいな、とかは考えなくていいから。結論次第では俺が家を出たっていいし。俺は、十夜の気持ちだけで、俺を選ぶかどうかを決めてほしい」
その言葉で、彼の告白は終わりだった。
そしてまだ結論を伝えられないまま、今日に至っている。
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