葉月

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蝉の声が雨のように降り注ぐ通りを抜けて、細い小道に入った。 目印が少ないので、少し不安はあったのだけれど。 「あ、ここ」 無事に目的地にたどり着いたわたしは、ほっとしつつエレベーターに乗り込んだ。 ひんやりとした銀色の箱は、まるで業務用の冷蔵庫のようだ。 どこからか風が吹き込んでいる気がして、何気なく周囲を見回す。 高く結い上げていたポニーテールが、それに合わせて揺れた。 四階でエレベーターを降り、彼女に言われていた通り、左の通路へと真っ直ぐ進んでいく。 そして、突き当たりのドアのチャイムを鳴らした。 「今開けるよ」 扉越しに聞く彼女の声は、少しこもって聞こえた。 「いらっしゃい、十夜ちゃん。迷わなかった?」 そう言って、つばさくんは爽やかに微笑んだ。
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