陽炎

10/23
前へ
/23ページ
次へ
以上ですっと敬礼し、鏡花ちゃんは食事を再開した。 わたしはただそれを見ていた。 終始、彼女に言われたことの意味を考えていた。 「彼」が10歳のわたしにしたこと。最後にわたしに望んだこと。 それは本当に、こんな結果を生むためにあったことなんだろうか? 彼との契約は、確かに自分を傷付けた。 けれど、愛してくれた。 大切に、してくれた。 そうしてわたしのしあわせを願って、契約を解消してくれたんじゃないか。 今の自分は、彼が望んだ自分だろうか。 少なくとも、あのとき自分が望んでいた、誰のことをも不幸にしない自分には、なれていないんじゃないかな…。 「じゃあ夜ちゃん、落ち着いたら戻っておいでね」 店を出て、別れ際に鏡花ちゃんが言った。さっきまでの鋭い怒りは、もう見られなかった。 代わりに、向日葵みたいな笑顔で。 「あたし、控えめで、謙虚な夜ちゃんがかわいくて好きだけれど。でも、臆病で、夏君のことを傷付ける夜ちゃんは」 ビシッと人差し指を突き立てた。 「大嫌いよ」
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加