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最後に、夏目君から逃げた日のことについて話をした。
「夏目君に、触れたいと思うし、触れられたいとも思ってた。でも、あのとき、昔のことを思い出して、怖くなったの」
昔、「彼」と契約を結んだ当初は、キスをすることも、それ以上のことも、大したことではないと思っていた。
けれど実際に「彼」と触れ合ってみて、わたしは確かに嫌悪したのだった。
自分が望んでいたのは、ただ優しくされることであって、そんな濃厚な恋愛的接触ではないと、気付いてしまった。
気付いてしまえば、後には嫌悪感しか残らなかった。
それをわたしは無意識の内に、夏目君に重ねてしまった。
「ごめんなさい。夏目君が嫌だったわけじゃないよ。ただ、こんな自分は、夏目君に嫌われるんじゃないかって、思って」
夏目君はずっと黙って話を聞いてくれていたけれど、そこで初めて口を挟んだ。
「…何で?」
飴色の瞳に映り込んでいる少女は、ひどく怯えた目をしている。
わたしは深呼吸をしてから答えた。
「自分がすごく、汚れているような気がしたから」
記憶が戻った今、あの人との生活がそれほど悪いものではなかったことは分かっている。
しかし、好きでもない人に触れられたという過去は、自分に黒く染み付いているような気がしてならなかった。
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