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「夜ちゃん、どうして…?」
沈黙の意味を正しく理解した彼女は、悲しげにわたしを見た。
「夏君のことが、嫌いになっちゃったの?」
違う、とわたしはすぐに否定した。
「夏目君のことを嫌いになることは、たぶん、一生ないと思う」
「じゃあ、何で離れようとするの?」
夏目君のことを嫌いになったりはしない。わたしが嫌いなのは。
―わたし自身だ。
「わたし、昔、すごく嫌な人間だったの」
「え…?」
「打算的で、卑屈で。生きるために、ある人と、ばかみたいな契約をして。恋愛感情のない相手と、恋人ごっこをしてた。そんなこと、したくなかったはずなのに。何をしたら自分が傷付くのか、全くわからなかった」
自分のしあわせも悲しみも、あの頃のわたしは知らなかった。
「わたしは夏目君に、そんな自分を知られたくない。軽蔑されても仕方ないこと、いっぱいしてる。だから、怖い」
夏目君の宝石みたいな目。
あの綺麗な瞳に映り込む資格は、持っていないような気がした。
何もかもが見透かされてしまうようで、怖くてたまらなかった。
このひとから逃げたいと、初めて思った。
俯くわたしに、鏡花ちゃんが淡々とした声で言った。
「…夜ちゃんのばか」
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