倉橋和也の日常Ⅰ

10/21
前へ
/126ページ
次へ
急に辛いものが食べたくなった。 というより、食事もまだしてなかった事を思い出し、そこからの単純な連想だった。 彼女の家のカレーは、かなり辛いけどくせになる味だから。 部屋を出た俺は、エレベーターで一階へと降りた。 チーンと高い音が鳴ってドアが開く。 客室階の廊下と違って、微かに流れるBGMが耳に飛び込んでくる。 タイトルは分からないけど、よく聴くピアノの独奏。 二階まで吹き抜けのエントランスは、天気のせいなのか少し混雑していた。 スーツケースを引く父親くらいの年齢に見える二人組とすれ違う。 ――部屋があって良かったなあ。 そんな言葉の最後に、おじさん特有のうなり声みたいな音が混じる。 季節外れの大雪で、電車も高速バスも明日の午後まで運休が決まってるらしい。 そうだ冬の歌、『なごりの雪』ってのもあるね。 更に世代は上になりそうだけど。 分厚いガラスの向こうを一瞥すれば、猫背になってる自分が映っている。 …………。 俺は、食事処の暖簾をくぐった。
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!

748人が本棚に入れています
本棚に追加