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13
ゴールデンウィークが開けると亜希は正式に学園に復帰した。
日中の亜希は国語科準備室に寄り付かなくなったくらいで、他はいたって普通だった。
生徒達には優しいのも、職員室で他の同僚と話す様子も何一つ変わらない。
「亜希ちゃんセンセ! お茶しよ!」
「小早川くん、カウンセラー室は喫茶店じゃないんだけど?」
「だって、亜希ちゃんセンセの紅茶、美味いんだもん!」
「……もう。一杯だけよ?」
「はーい。」
しかし、その笑みはまるでモナリザのように真意の見えない笑みだ。
(……屈託なく笑う亜希には、もう会えないのか。)
久保は亜希と生徒のやり取りを遠くから眺めながら、ぼんやりと思う。
――近いのに酷く遠い。
その距離は縮まることはなく、斜向かいのカウンセラー室さえやけに遠い。
気付けば久保は、亜希が来る前と同じように旧校舎側の階段を利用するようになっていた。
「久保セン、亜希ちゃん先生が好きでしょ?」
「……どうだろうな。」
前なら「そんな事訊いてる暇があるなら勉強しろ」とか「茶化すな!」とか笑顔で笑い飛ばしていたのに、久保は曖昧な返事しかしなくなっていた。
久保の変化に生徒達は戸惑う。
まことしやかにその変化は噂された。
「――久保センが恋煩いしてるみたい。」
「失恋したんじゃないか?」
「マジで?! どっちだろ?」
恋愛話ともなると自分の恋も他人の恋も首を突っ込みたくなる年齢の生徒達に、亜希は手を焼いた。
「久保センと郡山っちなら、どっちが好きなの?」
「どっちも格好いいわね。」
「そーじゃなくてぇ。」
亜希のカウンセラー室は本来の意味とは違う意味で混みあっていく。
中には真剣に悩んでいる子もいたから、予約表を作って順番に話を訊いていく。
――クラスでのいじめの話。
――気になる男の子との付き合い方の話。
――進路の悩み。
生徒の数だけ悩みの数も千差万別だった。
亜希のカウンセリングのスタンスは何も言わず、生徒の話をじっと話を訊くものだ。
――まるでミヒャエル=エンデの「モモ」みたいに。
そして生徒自身が納得できる答えを導きだすと、にっこり微笑んで言うのだ。
「ほら、答えはちゃんとあなたの中にあったのよ。」
「うん……。」
時間はかかるし、非効率極まりない。
それでも亜希はじっと生徒が答えを出すのを待った。
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