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「――宮原に篠崎まで!」
「亜希ちゃんセンセの予約、ちゃんと取ってあるからさッ!」
「……あのなあッ!」
くすくすと小さな笑い声がして、亜希が顔を覗かせる。
「……みんな、久保先生が心配なんですって。」
久保はその声に硬直した。
ゆっくり声がする方に振り返る。
「……亜希。」
にっこり微笑む亜希は、年相応に見える。
「……こちらの席へどうぞ。アロマも焚いてあるから、気分も落ち着くはずよ。」
それは、久保に甘えてきていた亜希とは違って見えた。
あんなに亜希から離れようと決意していたはずなのに、思わず脱力する。
「……久保先生?」
そして、何かに憑かれているかのようにふらふらと吸い寄せられた。
(――この雰囲気、亜希のご両親に似てる。)
強くどこまでも優しい眼差しは父親似で、柔らかな母親似の声は久保の心を癒してくれる。
(……親子なんだから、当たり前なんだけど。)
でも血のつながり以上に、亜希は人を癒す仕事が天職なんだと久保は感じた。
「どうかした?」
「いや……。少しボーッとしただけ。」
甘酸っぱい良い香りが漂う。
「……シトラス?」
「ええ、好きでしょ? この香りはね、リラックス効果と元気にする効果があるの。」
「……そうなんだ、知らなかった。」
柑橘系の香りは久保も好きで、時々オーデコロンを付ける。
「リラックスと元気……か。」
「2-3は久保先生が大好きみたいね。あの子達以外にもあなたの元気が無いって、何人も心配して相談にきたし。」
上体を少し起こしたベッドに横になるように言われて、久保は素直に従った。
亜希は久保の手を取る。
――柔らかな手。
「……緊張してるとね、寝ても疲れが抜け切らないのよ。眠りたかったら、眠って構わないから。」
そういうと、久保の目の辺りにタオルを置き光を遮る。
カチャカチャと音がして、人肌で温められたアロマオイルの香りが久保を包んだ。
亜希が労るようにマッサージをしてくれる。
(亜希から離れたかったのに……。)
心に蓋をしていた想いは、亜希に触れられると簡単に鍵が外れてしまった。
どこかで「万葉と結婚なんてしないで」と言って欲しかったのかもしれない。
「……もし、俺が結婚したら、亜希はどうする?」
久保は呟くように訊ねる。
亜希のマッサージをする手は、一瞬、動きを止めた。
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