『一字褒貶』

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『一字褒貶』

〈1〉  悪夢を見た。 とても嫌な悪夢だった。  塾が終わるのが遅くなり、日の暮れた夜道を一人歩いていた。 スマートフォンを片手にメッセージを確認する。 母親からのメッセージ 「明るい道を通って、気をつけて帰ってきなさいよ。 ご飯温めて待ってるからね。」 単調な文字の羅列の中に、温もりを感じた。 街路灯に明かりが灯るように心が照らされ、気持ちが弾む。 (早く帰ろう!) 活字画面を消して、ミュージックライブラリーに切り替える。 ショルダーバッグからヘッドフォンを探りだし、スマートフォンに接続した。 ヘッドフォンを装着して、音楽を全身に響かせ、軽快にステップを踏む。 端から見たらスキップしているように見えているかもしれないが、そんなことは全く気にしなかった。  近所にある公園が見えてきた。 今歩いている道は公園を迂回するようにつくられているため、少し遠回りになる。 遊び慣れた公園という安心感から、進路を公園へと向けた。 昼間とうって変わって静寂に包まれている公園は、少しばかり気味が悪い雰囲気をしていた。 ただ、温かいご飯と家族が待つ家に早く帰りたいという気持ちが勝り、そんな雰囲気はかき消された。 公園の中央、噴水の脇に設置された時計に目を向けた。 時刻は午後10時を回っていた。 (早く帰らなきゃ!) 気持ち早く足を回転させる。 公園の出口が見え、その奥に明かりに照らされた人の流れを確認できた。 (良かった。なにもなくて) 完全に安心しきった時だった。 一度瞬きをした後の光景に、私は驚愕した。 そこには私ーいや、正確には永谷川祝子だったものーが倒れていた。 動くことができず、ただただナイフで切り刻まれる祝子だったものは、スーパーで売っている肉の塊そのものだった。 呆然と立ちすくむ私の足元に、祝子の頭部が吸いより、不意に目と目が合った。 転がる祝子が、言葉が出てこない私に向かって 「どうして″私″を殺すの?」 と嫌な笑みを向けてくる。 足の力が抜け、その場に崩れ落ちた。 自己暗示の言葉を繰り返し、視界を手で隠す。 暗示が終わり手を退かした時には、私は肉塊に股がっていた。
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