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パブの裏手側からそろりと抜け出したジュピターは周囲の様子を見回したところで。
「みゅう!」
「………………!!!!」
足元から発せられた甲高い生物の鳴き声に思わずバクバクと心臓が跳ねる。
「……お前のご主人様の危機だ、お前もオスなら協力しろ――ったく、驚かせるなよ」
今は自分の子でもあるんだな――そう思いながら、足元の小動物にそう声かけると、白うさぎは短い片方の前肢をぴしり、と頭上に掲げた。
意外と賢いのかもしれない。
魔族は総じて聴覚に長ける種族であるが、白うさぎはそれを遥かに凌駕する程の危険感知に優れた種のようだ。
人気のない道なき道を抜け、白亜通りの中心、広場までたどり着く。
この厳戒体制下、逆に人が歩いていないことに感謝しながらジュピターは噴水の裏手に並んだレリーフの板を一枚剥がした。
「……よし、誰もいないな。
転移魔法陣は、――っとここだ。
バレると色々入り浸りされそうだからな。いいか、お前も黙っとけよ」
「みゅ」
西方ハイランドより更に西、海辺の海岸沿いにひっそりと佇む家があった。
陸へと返る潮風が肌寒さと少しの物悲しさを思わせる――白亜通りと同様、白造りの家屋。
隣に伸び立つ背高の樹木からの光がジュピター達の姿を発現させる。
リーアを背負ったジュピターはすぐさま鍵さえ付いていないドアを開き、押し入った。
薔薇の香りが充満するエントランスは磨き上げられた大理石と孔雀石の床と白亜のシューズラックが端に置かれている。ラックの上に立つ写真立てがジュピターの視界に入り込む。
どうも気恥ずかしくなり、思わず写真立てをことん、と伏せさせ――
「ただいま、――姉さん、ごめん、急いでるんだ」
日課をこなして、すぐさま上階の自室まで螺旋階段を勢いよく昇った。
徐々に大海原へと沈みゆく橙色の明かりが斜めに射し込む。
白塗りの床板、全体を白に染め上げた部屋がジュピターの寝室。
どんなに女性と関係を持っても誰一人として踏み込ませることのなかった聖域は、ベッドの他には小さめのスツールが転がるだけ――あとは、寄せては返す波の音とキャンバスを切り取ったような壮麗な景色を望める窓に置かれた一輪挿しの真紅の薔薇が夕の光を一身に浴びて煌めいている。
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