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真佑巳は下まで送ると言ってくれたけれど断った。
今夜は間違いなく切なくなってしまうから。
女々しいところは見せたくない。
玄関先で短くキスをする。
「気をつけてな。風邪ひくなよ」
優しい声に頬骨が痛くなる。
「うん。ありがと。じゃ」
ぱっと手をあげて、ドアを開ける。
そのまま真佑巳の顔は見ずに玄関を出て、後ろ手にそっとドアを閉めた。
大きくため息をひとつ漏らす。
長い長い夜だった。
夢を見ているようだった。
でも、心地よい疲労感が『夢じゃないよ』って教えてくれている。
もう日付はとっくに変わっていた。
一月の夜気は、身体の芯まで凍るように冷たい。
深夜の怖いくらいの静寂の中、遠くで犬の遠吠えが聞こえる。
私は小走りに車を停めている場所まで行くと、鍵を開けて急いで乗り込んだ。
「うううー、寒い」
わざと声に出し、エンジンをかける。
車内が温まってくるまで、肩を亀のように縮ませてじっとしていた。
何気なく上目遣いでルームミラーを覗く。
白く霜が降りたようになっているリアガラスに異変を感じた。
ところどころが黒っぽい。
──なんだろ?
振り向いた瞬間、私は息を飲んだ。
黒い何かはたぶん、指で書いただろう文字だった。
そして確かにこう読み取れた。
『 消 え て 』
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