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振り返ると、人のよさそうな中年の女性が腰を屈めて心配そうに私を見下ろしている。
眼鏡の奥の瞳がとても優しそうだった。
傍らには賢そうな真っ黒い成犬が、リードにつながれてアスファルトにちょこんと尻を付けていた。
「すみません。
大丈夫です。
ありがとうございます」
私はどうにか立ち上がり、婦人に頭をさげた。
「何ともないならよかった。
じゃあ、気を付けてね。
行きましょう、ぼーちゃん」
『ぼーちゃん』と呼ばれた黒犬はのっそりと立ち上がり、なぜか私の足元にやってきて鼻を鳴らした。
「ありがと、ぼーちゃん」
私はぼーちゃんの頭を撫でた。
実家で飼っていたことがあるから、犬は苦手じゃない。
「ぼーちゃんは女の子が大好きなの。
もう立派なお爺ちゃんだから複雑なんだけどね」
婦人はうふふと笑い、ぼーちゃんを引いて住宅街の方に歩き始めた。
親切な婦人と老犬に癒された気がして、私はその後ろ姿に深く頭をさげた。
「陽」
再び背後から声をかけられ、弾かれたように振り向く。
「びっくりした!」
「びっくりしたのはこっちだよ。
電話してるんだと思ってたら、犬撫でてるんだから。
ちゃんと話せたの?」
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