‡ かけがえのないもの ‡

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    携帯を開いたちょうどその時、右隣の空いた椅子に誰かが座るのが視界の隅に入った。 少し左側に身体をひねって、メールを打ち始めた時──。 「よ」 不意に耳に届いた呼び掛けが、自分に向けられたものなのか定かではなかったけれど、遠慮がちに振り返ってみた。 「…………」 「久しぶり」 「……びっくりした」 真佑巳だった。 カウンターに組んだ腕を乗せて、笑顔でこちらを向いていた。 「この席が空いてるってことは、話しかけてもいいんかなって思ってさ。 元気だったか?」 「……うん。真佑巳は?」 「オレ? どう見える?」 「…………」 真佑巳はちょっと間を置いて、ぷっと吹き出した。 「変わってねぇ。 必死に答え探してる顔」 「どんな顔なの?」 真佑巳は、見てみろと窓を指差した。 外はすっかり暗くなり、綺麗に拭き上げられた窓ガラスに私たちの姿が映っていた。 私はといえば、苦いものを口に含んだような顔をしていた。 真佑巳が窓ガラスの私に向かって手を振る。 「なるほど」 すぐに視線を逸らして、照れくささをごまかすために携帯をバッグにしまう。 「……髪伸びたな」 「……そう?」 「1年経ったんだもんな」 「そうだね」 二人とも前を向いたままで、ぽつりぽつりと言葉を交わす。    
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