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とっくに田浦の身長を追い越した織人は、かつての担任を落ち着き払って見下ろしている。
「そうか……。
ご両親離婚されたのか。
大変だったね」
田浦は型通りの言葉を、さも気の毒そうな表情で織人にかけた。
「いえ。
大変だと思ったことはありません。
ずっと、彼女が支えになってくれたので……」
織人は私を見つめ、柔和な笑顔を浮かべて小さくうなずいた。
茶封筒を小脇に抱え直して、田浦は私に視線を移す。
「……こちらは一色くんの奥さん?」
「…………」
田浦は私を憶えていないようだった。
それとも、憶えていないふりをしているのか……?
『奥さん?』と尋ねる様子に不自然さは感じられない。
私には、あの頃の面影がないのだろうか?
薄化粧だし、髪型も当時とさほど変わっていない。
「相馬陽です」
私はわざと名前だけを言った。
そうして、田浦を真っすぐに見据えた。
不思議に身体の震えは止まっていた。
目の前の田浦は、ただ無駄にガタイのいい、どこにでもいる白髪頭の冴えない初老のオヤジだった。
こんな男に──。
こんな男の影に私は──。
長い間縛られていたのか。
織人の手はずっと私の背中に添えられている。
それだけで、自分が強くなれる気がした。
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