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 まるで沼地に填まっているような心地。  ――足が重い。  ――浮力も無い。  水の中なのに泳ぐ事は適わず、あと数メートルが遠い。 「……亜希ッ!」  しかし、久保が呼び掛けても、亜希は無反応だ。  その瞳はビー玉みたいに透き通っていて、どこか遠いところを見つめている。 (……こんなにすぐ傍にいるのに。)  ――姿は見えるのに。  ――手が届かない。  日が陰ったのか、編目状に広がっていた光は消えていき、代わりに薄暗いブルーの世界に辺りは変わっていく。  亜希の瞳に久保の姿は映らず、ぴくりとも動かない。  まるでメデューサに石にされてしまったみたいだ。 「――亜希、こっちを見ろッ!!」  自分の声で波紋が生まれる。  それが亜希に届く。  しかし、久保はそのまま声を失った。  ぱらぱらと砂像のように、亜希が崩れていく。 「――亜希ッ!」  久保の叫びに、それが余計に亜希を崩してしまう。  ――同じ。  救けたいのに、何も出来ない。  ――嫌だ。  辺りは黒一色に塗りかわっていく。  歯の根が噛み合わない。  体から力が抜ける。  ――誰か。  ――亜希を。  ――救けて。  久保はそこで目を覚ました。  心臓は爆発するかと思うくらいに早く、そして強く跳ねている。 (夢……?)  血管を伝わって、恐怖が全身に回っていく。  ――怖くて堪らない。  久保はじっとしていられなくて、そっと身を起こした。  体はまだふらつくし、頭もぼんやりしている。 (亜希……。)  悪夢を見たせいか、津波のような不安が襲ってくる。  亜希の姿を確かめずにはいられなくなって、ベッドを抜け出た。  医者も看護師も見当たらない。  薄緑色の幕の張られた衝立てに捕まりながら、パーティションを出ると、薬剤の匂いと蛍光灯の白い光に包まれた。 (……今、何時だ?)  辺りを見渡したが、時計は見付からない。  ゆらゆらと周りの景色が揺れて見える。 (気持ち悪い……。)  船酔いみたいな感覚に、久保はベビーピンクの壁に手を付くと、手すりを頼りに処置室からICU前へと向かった。  廊下は静まりかえっている。 (……亜希。)  幽鬼みたいにふらふらとガラス前まで行くと、ICUを覗き込む。  心電図が緑色の波形を生み出して、亜希が生きている事を教えてくれる。
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