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「――ここに居るから。」  亜希が居なくなりそうになって、改めて気付く。 (――平気なんかじゃない。)  亜希が幸せなら、誰を好きになろうとも見守ろうだなんて聞き分けの言い大人ぶっても、結局、臆病者の台詞でしかなかった。 (……亜希以外には居ないんだよ。)  この世に魂の片割れがいるとしたら、亜希がそれなんだろう。  今やどんな言い訳も久保の頭の中からは消し飛んでいた。 「ごめんな……。もうどこにも行かないでここにいるから戻っておいで。な……?」  ――どんなに離れても。  ――どんなに時間が経っても。  ――君に恋慕う。  胸がはち切れてしまいそうだ。  もう一度、目を覚まして頬を赤らめながら、蕾が開くように笑って欲しい。 (……また『貴俊さん』って呼んで欲しいんだよ。)  それが誰に名前を呼ばれるよりも心が震える。 「……どうしたって俺は亜希を求めちゃうんだ。俺の亜希馬鹿ぶりは、やっぱり筋金入りみたいだ……。」  久保が泣き笑うと、ぽたりと涙がこぼれて亜希の指を濡らした。  どんなに否定しても、どんなに拒絶されても、結局出てくる答えは「亜希が愛おしい」ということだけだ。 「……帰っておいで、亜希……。」  そして、そっと亜希の額に触れる。  頭をいつもみたいにぽんと撫でた。  しかし、久保の願いを拒否するかのように、急に警告音が鳴り響く。  ――ビーーーッ  心拍数が急に跳ね上がる。 「……亜希ッ?!」  伊川が慌てて入ってくる。  久保は何度も亜希に呼び掛ける。 「……VF! 除細機持ってきてッ!」  その緊迫した声ですら、久保には遠くに聞こえた。 「手を離してッ!」 「――嫌だ、離さないッ!」 「離しなさいッ!」  無理矢理引き剥がされると部屋を追い出される。 「……亜希ッ! 嫌だ、亜希ぃッ!」  悲痛な声を上げて、ガラス越しに見る事しか出来ない。 「……亜希ッ!」  閉じられた扉を前にして、何も出来ない無力さに身を引き裂かれそうな心地になる。 (――逝かないで。)  体の力が抜けて、その場に膝をつく。  窒息してしまいそうに苦しい。 「……亜希いぃ、逝くなあぁぁ!」  久保の叫びは非常灯の灯る静謐な廊下に響き渡った。
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