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 その叫びに内田が待合室を飛び出してくる。  そして、ICU前で久保が踞っている姿を見付けた。 「……久保セン?」  虚ろな表情で、生気がない。  内田はぞくりとした寒気を覚えた。  久保の背中にそっと触れる。 「亜希……。」  うわごとのように呟く。  内田もICUの中を覗く。  医師達の緊迫度合いで亜希の容態が急変したのが分かる。 「……智和?」  翔の声に内田は我に返る。 「どうかしたのか?」  紗智が心配そうに翔の袖を引く。 「――進藤の容態が急変したみたいなんだ。みんなも起こしてもらえないか?」 「分かった。」  そうしてみんながICUの前に勢揃いする。  紗智は肩を震わせて、翔に抱き抱えられるようにして待合室に戻っていく。 (……進藤。)  電気ショックで、亜希が少しバウンドをする。  その後の様子は見てられなくて、内田は目をギュッと瞑った。  人生に何があるかなんて、約束されてない。  久保が着任した日に言っていた言葉を不意に思い出す。 『約束された人生を歩めるのは小説の主人公ぐらいなんだぞ?』  そう教えてくれた久保でさえ、現実に打ちのめされて動けないでいる。 (……進藤ッ。)  内田は拳を固く握り締めて、鼻の奥がツンと痛くなるのを堪えた。  久保のあまりの嘆きっぷりに、その手を煩わせたく無かった。 「……内田、進藤は?」  石松の問いに首を横に振る。  その横で久保は祈るように亜希を見つめる。 「戻って来い……。ここに居るから。」  静かな廊下に痛々しい声が響く。  その声がいっそう涙を誘う。  久保は亜希に詰られても構わないと思った。 (亜希が目を覚ましさえすれば、他には何も望まない……。)  しかし、医者が首を横に振る仕草を見て、力が抜けていく。  指紋はガラスを汚していき、膝を付いたままうなだれて慟哭する。  その様子に内田はおろか、猛や奈美など亜希の家族も動けなかった。 (進藤、嘘だろう……?)  内田は、脳裏にスナップ写真みたいに浮かぶ亜希の笑顔を思い起こしていた。 (何でだよ、神様……。)  内田は石松に支えられて、ベンチに腰を下ろす。  斜め前を見れば、猛が拳を握り締めてわなわなと肩を震わせていた。  治療にあたっていた医者がペンライトを取り出す。 (……逝くな。)  久保はガンガンする頭のままでその様子を眺めていた。
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