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照れ隠しの仏頂面。
それでも隠せない耳の赤さ。
くしゃりと表情を崩した笑顔。
――恋しいヒト。
(……彼の傍に居たかった。)
――ずっと。
『――俺は裏切らない。』
温かく、日溜まりのようなヒト。
しかし、一方の自分は真っ黒に汚れていて。
彼に触れれば、彼を汚してしまう。
そして、彼はそれを厭わないだろう。
マンションの一室で、大事な宝物であるかのように、汚れ切った自分を抱き締めてくれる久保は、全てを高津のせいだと囁いて、優しく接してくる。
――だけど。
それが苦しい。
「貴俊さんとは、一緒にはいられない……。」
そう呟くと、久保は傷付いた表情で膝をつく。
――打ち拉がれた姿。
それを万葉が支え、きつく睨まれる。
『――彼に何か言うことは無いのッ!』
喚く万葉を前に、亜希は表情を思い切り歪めると首を横に振った。
ぼろぼろと涙が零れる。
――キタナイ。
「彼の為に」と思えば思うほど、自分は彼を傷付けてしまう。
別の鏡に映り込んでいる高津を見付けると、亜希は縋るようにそれに手を伸ばした。
しかし、冷たい感触に隔てられて、彼には触れられない。
『――君は汚いけどね、亜希……。俺はそんな君が欲しい。』
吸い込まれそうな瞳。
滑らかな声色。
感情の見えない表情。
――愛しいヒト。
冷たく、夜の闇をまとったようなヒト。
その闇は全てを受け容れてくれる。
たとえ、どんなにズルい自分であったとしても。
(……あなたと生きられると思ったの。)
――そう思ったのに。
『君はもう二度と久保にも俺にも会うことはない。』
――身の凍るような言葉。
それ以上は聞きたくない。
『――サヨナラ、だ。』
汚らわしい物でも触ったかのように手を払い、高津は去っていく。
『内心で俺を嘲笑って、楽しかったか?』
そんな事、思ってない。
『……今度は俺が君を嘲笑う番だ。』
――違う、のよ。
でも、その声は届かない。
――嫌悪と蔑み。
それは殺意を向けられるよりも苦しく辛い。
「――待って、浩介さん……ッ!」
鏡を叩いても高津は立ち止まる事なく去っていく。
代わりに真っ黒な手が体に巻き付いてくる。
亜希は戦慄した。
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