16

7/27
前へ
/27ページ
次へ
 照れ隠しの仏頂面。  それでも隠せない耳の赤さ。  くしゃりと表情を崩した笑顔。  ――恋しいヒト。 (……彼の傍に居たかった。)  ――ずっと。 『――俺は裏切らない。』  温かく、日溜まりのようなヒト。  しかし、一方の自分は真っ黒に汚れていて。  彼に触れれば、彼を汚してしまう。  そして、彼はそれを厭わないだろう。  マンションの一室で、大事な宝物であるかのように、汚れ切った自分を抱き締めてくれる久保は、全てを高津のせいだと囁いて、優しく接してくる。  ――だけど。  それが苦しい。 「貴俊さんとは、一緒にはいられない……。」  そう呟くと、久保は傷付いた表情で膝をつく。  ――打ち拉がれた姿。  それを万葉が支え、きつく睨まれる。 『――彼に何か言うことは無いのッ!』  喚く万葉を前に、亜希は表情を思い切り歪めると首を横に振った。  ぼろぼろと涙が零れる。  ――キタナイ。  「彼の為に」と思えば思うほど、自分は彼を傷付けてしまう。  別の鏡に映り込んでいる高津を見付けると、亜希は縋るようにそれに手を伸ばした。  しかし、冷たい感触に隔てられて、彼には触れられない。 『――君は汚いけどね、亜希……。俺はそんな君が欲しい。』  吸い込まれそうな瞳。  滑らかな声色。  感情の見えない表情。  ――愛しいヒト。  冷たく、夜の闇をまとったようなヒト。  その闇は全てを受け容れてくれる。  たとえ、どんなにズルい自分であったとしても。 (……あなたと生きられると思ったの。)  ――そう思ったのに。 『君はもう二度と久保にも俺にも会うことはない。』  ――身の凍るような言葉。  それ以上は聞きたくない。 『――サヨナラ、だ。』  汚らわしい物でも触ったかのように手を払い、高津は去っていく。 『内心で俺を嘲笑って、楽しかったか?』  そんな事、思ってない。 『……今度は俺が君を嘲笑う番だ。』  ――違う、のよ。  でも、その声は届かない。  ――嫌悪と蔑み。  それは殺意を向けられるよりも苦しく辛い。 「――待って、浩介さん……ッ!」  鏡を叩いても高津は立ち止まる事なく去っていく。  代わりに真っ黒な手が体に巻き付いてくる。  亜希は戦慄した。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加