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〈――それが、望み?〉  亜希がこくりと頷くと、もう一人の自分はにっこりと笑う。 〈――了解。〉  そして、願いを聞き入れたかのように、辺り一帯が目が開けてられない程眩しく輝いた。  次の瞬間、亜希は真っ暗な中にいる。  どちらが上なのか、下なのかさえ分からない。  足元は妙な浮遊感があり、歩いているのか、泳いでいるのか、よく分からなかった。 〈――亜希。〉  微かに呼ばれたのを感じて振り返っても、誰もいない。 「誰……?」  そして、それが誰の声なのかも亜希には分からなかった。  不意に右手を握られる感覚がする。  真っ暗で誰の手なのかも分からない。 〈帰っておいで、亜希……。〉  まるでどこかに行くのを引き止めるかのように、握り締められた手の感覚が強くなっていく。  ――手が温かい。  不思議と心が落ち着く。 「……あなたは誰?」  答えの代わりに愛おしそうに、ふわりと額を撫でられる。  亜希はその感覚に目を細めた。 (――私、この感覚、知ってる。)  しかし、それは束の間で、急に鋭い痛みが胸に走る。  ――息が詰る。  今まで感じた事の無いような痛み。 (痛い……ッ。何、これ……。)  強く握る手の感覚だけが、亜希を支えてくれる。 (痛いよ……ッ。)  その間も、目には見えない手ががっちりと亜希を掴んでいる。 『……VF! 除細機持ってきてッ!』  誰かの焦った声が聞こえる。 『手を離してッ!』 『――嫌だ、離さないッ!』 『離しなさいッ!』  ――悲痛な声色。 (お願い……、離さないで……。)  離されたら、こんな真っ暗な中で一人きりになってしまう。 (――お願い。)  しかし、握られていた手の感覚が薄れていく。 『――亜希ッ! 嫌だッ、亜希ぃッ!』  呼び掛けられている声も遠くなる。 (――嫌だ、一人にしないで。)  亜希は胸の痛みと、遠くなる意識の中で願う。  しかし、そこで亜希の意識は途絶えた。 「――クソッ! もう一回ッ!」  電圧を強めて、伊川は懸命に治療を続ける。  ICU内は騒然としていく。
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