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「内田はもう少しで上がれるのか?」
「……か、課長おぉぉ!」
内田がいきなり泣きついてくるから、面食らう。
「ど、どうした。」
「高津さんがあ~ッ!」
この世の終わりのような顔をした内田に事情を聞くと、新井は引き吊った笑顔になった。
「あー、なんだ。俺も一緒に行ってやりたいのは、山々なんだが……。」
ちらりと机の上の書類に視線を落とす。
「上長として、他の奴らも見なきゃならないからなあ。」
「で、でも! この間は五十嵐さん残して帰ったじゃないですか!」
「……それはそれ。これはこれ。」
何かしら言い訳をしてくる新井の顔には、はっきりと「行きたくない」と書いてある。
「ほら、早く出ないと遅刻するぞ?」
「課長……、高津さんが苦手なんですか?」
「そ、そんな事ないぞ?」
少し声を上ずらせながら、背中を押される。
「直帰扱いにしてやるから、な?」
そう言いながら、ガックリ肩を落としている内田の背中を押して、笑顔で送り出す。
内田は、渋々会社を一人であとにした。
そして、メールを頼りに辿り着いたのは、「はなの」と書かれた看板の前だった。
入り口前で、ぽかんと看板を見つめて立ち尽くす。
(……『会員制』クラブって。)
ビル自体は雑居ビルだが、「会員制」と書かれると腰が引けてしまう。
なにせ、ここは銀座だ。
表通りは百貨店や高級ブランドのショップが並ぶんでいるが、一歩裏に入ったこの辺りは高級クラブがずらりと軒を並べている。
(普段の俺だったら、間違いなく新橋駅のガード下だっていうのに……。)
場違いなのをヒシヒシと感じて、逃げ帰りたくなる。
しかし、それは柔和な高津の声に阻まれた。
「――こんばんは、内田さん。」
彼ほど銀座の似合う男は居ないのではないか。
ネオンに照らされて、反対方向から近付いてくる高津は、おどおどしている自分とは違って、華があり、周りの空気に溶け込んでいる。
(……『慇懃無礼』が服着てやがる。)
そんな高津の横には、見知らぬ神経質そうな顔立ちの中年男性がいて、内田を品定めするみたいにじろじろと眺めてきた。
「こちら、竹嶋事務次官。彼は先程の案を出してくれた内田さんです。」
「……そうですか。」
高津と竹嶋は表面上は和やかにしているが、二人とも纏っている空気はピリピリしている。
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