18

10/23
前へ
/23ページ
次へ
 ――どこにも「居場所」が見つからない。 「……新校舎がプレハブじゃ無くなっている時点で、六年が経っているのは理解してるつもりだったんだけどな。」  蚊の鳴くような亜希の声に、久保は静かに近付く。  「ダメだね」と言って苦笑いを浮かべる亜希は、触れたら脆く崩れてしまいそうに見えた。  久保は亜希の隣まで来ると、亜希の指差した席の後ろの席の椅子をカタンと引く。  ――机を挟んで隣同士。  腰を下ろすと、天井を見上げるようにして黙り込む。  ――広い教室にたった二人。  時計の無機質な音がカチカチと鳴り響く。  久保は横目でちらりと憂い顔をしている亜希の様子を眺めた。  柔らかく波打った髪の一筋が、窓からの生温い風に僅かに揺れている。  ――伏し目がちな眼差し。  睫毛には僅かに水滴がついている。  そして、そんな亜希の肩越しには、少し埃っぽい空気が陽の光に照らし出されて、きらきらと輝いていた。  そっと目蓋を閉じて、胸いっぱいに呼吸をする。 (……彼女の中に、俺はいない。)  恋人としての自分はおろか、教師としての自分さえも無い。  ――もう、自分の知っている亜希はいない。 『進藤の奴、『迷子』なんだそうです。』 「――迷子?」 『はい、居場所を探してるんだって言われました……。』  そう言って携帯電話越しに、内田がぐすっと鼻を鳴らしたのは、ちょうど亜希が退院した頃合いだった。 「……何、泣いてんだよ?」 『――すみません。でも、あんなに一緒だったのにって思ったら……。』  内田の噎(ムセ)び泣く気配がする。  つられて、うっすら涙ぐむ。 『あいつに久保センを思い出して欲しいんですけど、うまく行かなくて……。』  申し訳なさそうな内田の声に久保はギュッと拳を握った。 「……俺は亜希が生きていてくれさえすれば、それで満足だよ。」  自分に言い聞かせるようにして、紡いだ言葉は逆に胸を騒つかせる。  それは内田にとっても、同じだった。 『久保センは、進藤が忘れたままで良いのかよ……?』  内田の責めるような口調に、言葉に詰まる。 『――教えてやってよ、あいつに。『居場所はここだ』って。』  しかし、久保はその頼みに、声を発する事がどうしても出来なかった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

54人が本棚に入れています
本棚に追加