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 ――笑わなきゃ。  そう思うのに、まだ自分を上手くコントロールしきれない。  入り口近くに来た久保が、ジュースの缶を近くの席に置き、そっと手を伸ばしてくる。 「……無理に笑わなくていい。」  そう言いながら、亜希の額に手をあてがう。  ――ひんやりと冷たい。 (気持ち良い……。)  まだ身動きは取れないものの、ゆっくりと目を伏せる。  自分の体温と、久保の体温が徐々に交じっていく。 「……何か思い出したのか?」  心配そうな久保の声にゆっくりと首を横に振る。  久保の触れたところから、呪縛が解けていく。 「ううん、違うよ……。」 「少し、休もう。」  さっきまでの不安が、嘘みたいに引いていく。 (不思議……。)  亜希はにこりと笑うと、久保を見上げた。 「ううん、平気。」  そして、ジュースの缶を指差す。 「これ貰って良いの?」 「ああ……。」 「じゃあ、一本貰うね。」 「あ、こら、少し休めって。約束しただろう?」 「大丈夫だって! ぴんぴんしてるよ?」  そう答えると亜希はくるりと背を向けて部屋を出ていく。 「こら!」  すり抜けていく亜希を捕らえようと久保が手を伸ばす。  しかし、それは宙を切り、亜希は廊下に出る。 「本当に平気。それにその部屋、そんなに散らかってないよ? 昔はもっと色んなもので散らかってたし。」  そして、久保が出て来ると一間幅の渡り廊下までトトトッと数メートル小走りに進み、くるりと振り返って「国語科準備室」の札を指差す。 「……あそこにね、手書きの紙で『備品室』って書いてあって。」  そして、反対側の水道横の掃除ロッカーも指差す。 「そっちの掃除のロッカーも、もっと古かった。」  まるで、間違い探し。  久保は肩を竦めると、国語科準備室のドアを閉める。 「だから、段ボールで作った鎧とかもあったのか?」 「うん! 文化祭の劇で作ったの!」 「劇?」 「そう、『ハムレット』。」 「『ハムレット』? それにしては和風だったぞ?」 「うん、『和製ハムレット』。ちゃんばらして、すごく大ウケだったのよ?」 「そうか。」  ふふっと笑う亜希は本当に楽しそうに見える。 「仕方ないな。じゃあ、カウンセラー室に行くか。」 「よおし、新校舎も探検するぞお!」  そう意気込む亜希の後ろで、久保はぴたりと立ち止まる。
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