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「具合が芳しく無い時は休む事。それだけは譲らないからな。」
「うん、指切りもしたしね。」
亜希はニコッと笑みを浮かべると、はしゃいだ様子で階段を軽快に上っていく。
久保は亜希の姿を目で追うと、思わず苦笑した。
「こらこら、どこに行くんだ?」
「んーと、ね、あっち!」
亜希は途中で歩みを止めて、振り向きざまに上の階を指差す。
「あっちって……。」
「この先にね、私の通ってるクラスがあるの!」
「高校二年生の時のか?」
「うん! 今日、学校に着いたら、まずはそこに行こうって決めてて。」
「了解。それじゃあ、まずは進藤さんのクラスに行こう。」
「うん!」
ふっと目尻を下げて微笑むと、久保は一段抜かしをしながら、ゆったりとした歩調のままで階段を上がってくる。
亜希はその様子を瞬きするのも忘れて、じっと見つめた。
ぐんぐん二人の距離が縮まっていく。
――不思議なヒト。
彼の傍にいると、胸の内が温かくなり、穏やかな気持ちでいられる。
(なんで嫌な顔一つせず、私なんかに付き合ってくれるんだろう。)
内田は「久保センは進藤に甘い」と言っていたけれど、それにしても優しい気がする。
(何だか、申し訳ないな……。)
もう一度、顔を合わせれば何か思い出せるかもしれないと思っていたのに、少しも思い出せない。
(……久保さんって、どんな人なんだろう。)
やけに静かで、辺りに吸い込まれるみたいに靴音が響いて聞こえる。
その音と違うリズムで、久保の上ってくる気配がする。
今の時点で分かっているのは、彼の名前と、国語の教師だという事だけ。
――もっと知りたい。
何が好きで、何が嫌いなのか。
どんな些細な事でも、構わない。
亜希は踊り場まで来ると、ぴたりと歩みを止めた。
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