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タン、タンと久保の靴音が鳴り響く。
「――進藤さん?」
呼び掛けに振り返って、久保と視線がかち合う。
その瞳は窓からの日に透けて、飴色から琥珀色へと変わる。
(綺麗……。)
宝石に見入るように、久保の瞳から目が逸らせない。
――欲シイ。
階段を上ってくる音が近くなってくる。
それに比例するみたいに、トクン、トクンと心拍数が上がる。
階段を上ってくる久保の姿が妙に鮮明に目に映った。
――コノヒトガ欲シイ。
じわりと滲むように想いが溢れてくる。
――触レテ欲シイ。
喉が渇いていき、思わずごくりと生唾を飲み込む。
それとほぼ同時に久保が口を開いた。
「……どうした?」
心配そうな久保の声色に、ハッと我に返って首を横に振る。
「……ううん、何でもないよ。」
「『何でもない』ようには見えないけど?」
そう言って覗き込んでくる久保と、まともに目を合わせられない。
気恥ずかしさに、思わず少し俯く。
こんな風に誰かを渇望するような事など、今まで無かったのに。
(私、どうしちゃったんだろう……。)
久保との思い出がない分、戸惑いが表に表れてしまう。
亜希は咄嗟に話題を変えることにした。
「……この階段は昔と変わらないね。」
この辺りに見える物は、昔と何も変わっていない。
下には保健室。
2階には1-1の札。
自分の通っていた教室は、さらに上の3階にあるはずだ。
毎朝、この階段を使って教室に通っていた。
朝練をして、昼間は授業を受け、また夕方にはまた部活で練習しに行く毎日。
インターハイに行けるような腕はなかったが、テニスが好きで朝に夕に練習をしていたのに、それが「六年前」の出来事だと言われても俄かには信じがたい。
「この間まで、高校二年生だったんだけどなあ……。」
そう思うと、急に自分のクラスに行く事が怖くなる。
教室に行って確かめてしまったら、「六年が経っている」事を認めざるを得ない。
――足が竦む。
「――怖いのか?」
久保に気持ちを代弁されて、こくんと一つ頷く。
「……自分で行きたいって言いだしたのに、ね。」
笑って答えようとしたのに、顔が強張ってぎこちない笑顔になる。
――確かめたい。
――確かめたくない。
気持ちがふりこのように揺れ動く。
どうして良いか分からない。
亜希は目を泳がせた。
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