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「……久保さんなら、目が覚めて、六年分の記憶を失ってたらどうする?」
本当は、自分のクラスに行くのが怖い。
教室に行って確かめてしまったら、もう自分に言い訳が出来なくなる。
縋るような眼差しの亜希に見つめられて、久保は眉間に皺を寄せて思案顔をした。
「どうするって……。うーん、そうだなあ……。」
ゆっくりと辺りを見回してみる。
とはいえ、彼女の不安を慰めるだけの言葉は見つけられない。
――面映ゆい。
しかし、久保は安易に「気にするな」とか「大丈夫だ」とか気休めを言う事が出来なかった。
――思い出して欲しい。
どんな些細な事でも構わない。
そして、自分の知っている「進藤 亜希」に早く戻ってほしい。
久保は不安げな亜希を横目に見ると、ぎこちなく口角を上げて、無理やり笑みを作った。
「――ひとまず、誰が何て言おうとも、何か思い出すまでは粘るかな……。」
「粘る?」
「そうだよ。六年間の間に会った大事な人達を思い出すまでは諦めない。」
一体、どちらの方が苦しいのだろう。
愛する者に忘れられてしまうのと、愛する者を忘れてしまうのと。
「……大事だったかも覚えてないのに?」
「――ああ、それでも。」
そして、静かに一歩を踏み出す。
「思い出せないことに心は痛むかもしれないけどね。俺は、思い出す事を諦めてしまう方がもっと怖いよ。」
無理にでも気を張っていないと、傷付いているところからくしゃりと潰れてしまいそうになる。
――周囲の「思い出して欲しい」と願う想い。
――「思い出せない」事に対するもどかしさと遣る瀬なさ。
亜希は見えない重圧に、一生懸命、耐えているのが口にしなくても分かる。
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