18

6/23
前へ
/23ページ
次へ
「……久保さんなら、目が覚めて、六年分の記憶を失ってたらどうする?」  本当は、自分のクラスに行くのが怖い。  教室に行って確かめてしまったら、もう自分に言い訳が出来なくなる。  縋るような眼差しの亜希に見つめられて、久保は眉間に皺を寄せて思案顔をした。 「どうするって……。うーん、そうだなあ……。」  ゆっくりと辺りを見回してみる。  とはいえ、彼女の不安を慰めるだけの言葉は見つけられない。  ――面映ゆい。  しかし、久保は安易に「気にするな」とか「大丈夫だ」とか気休めを言う事が出来なかった。  ――思い出して欲しい。  どんな些細な事でも構わない。  そして、自分の知っている「進藤 亜希」に早く戻ってほしい。  久保は不安げな亜希を横目に見ると、ぎこちなく口角を上げて、無理やり笑みを作った。 「――ひとまず、誰が何て言おうとも、何か思い出すまでは粘るかな……。」 「粘る?」 「そうだよ。六年間の間に会った大事な人達を思い出すまでは諦めない。」  一体、どちらの方が苦しいのだろう。  愛する者に忘れられてしまうのと、愛する者を忘れてしまうのと。 「……大事だったかも覚えてないのに?」 「――ああ、それでも。」  そして、静かに一歩を踏み出す。 「思い出せないことに心は痛むかもしれないけどね。俺は、思い出す事を諦めてしまう方がもっと怖いよ。」  無理にでも気を張っていないと、傷付いているところからくしゃりと潰れてしまいそうになる。  ――周囲の「思い出して欲しい」と願う想い。  ――「思い出せない」事に対するもどかしさと遣る瀬なさ。  亜希は見えない重圧に、一生懸命、耐えているのが口にしなくても分かる。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

54人が本棚に入れています
本棚に追加