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(……あの、お人好し。何だよ、『良い先生』って。)  高校三年生の時みたいに、「久保セン、横暴!」とか、「頼りにならねーッ!」とか、減らず口を言ってくれていれば良かったのに。  自らの弱さやズルさに自己嫌悪させられる。 (本当、最低だよな……。)  内田の亜希への気持ちを知っていながら、「様子を教えてくれ」と頼んだ。  内田の目にはどう映ったか分からないが、あの日、自分は亜希を内田に押し付けて逃げ出したのだ。 『――頼むよ、久保セン。』  電話口で内田が涙声で話した言葉を思い出して、ゆっくりと瞬きをする。 『――進藤に教えてやってよ。……教師だろ?』  グスッと鼻を啜る内田の声を忘れられそうに無い。  やがて3階へと辿り着くと、亜希は待ちきれない様子で廊下を走っていく。 「久保さん、早くぅ!」  そして、目的の教室を見つけるとひょいっと中に入っていき、顔だけ出して「こっち」と久保を呼ぶ。  久保は我に返ると、教室の中へと消えていく亜希の姿を追った。  ――たった数メートル。  それがやけに遠い。  亜希の姿が見えなくなって数十秒なのに、それだけで不安が足音もさせずに迫ってくる。  久保は少し足早に歩くと、亜希が中に入った教室の後方のドアから中を覗いた。  教室の真ん中でポツンと亜希が佇んでいるのが見える。  しかも、ぜんまいが切れてしまった人形のように微動だにしない。 「――進藤さん?」  恐る恐る久保が声を掛けると、亜希は大袈裟なくらいびくりと身震いして振り向いた。  その表情はひどく哀しげに見える。 「……ここね、私のクラスだったの。」  いくつかの机の天板を撫でながら歩むと、窓際の前から三番目の席に腰を下ろす。 「――そうか。」  久保は躊躇う様子もなく、教室の中に入る。 「うん。それにね、ここが私の席だった。」  窓の外に見える生徒用の駐輪場や前栽は、昔と何ら変わりないように見えるのに、教室の中は見知らぬ生徒の名前が掲示物として張り出されていて、自分の席にも男の子の名前で荷物が置かれている。 「この間まではね、この教室で授業を受けていたんだよ?」  ――それなのに。  この教室は記憶の中のそれと、何もかもが違う。  まるで自分は要らないと言われてるみたいだ。
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