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 七月も下旬。  倉沢学園も終業式を迎えて、学校は夏休みに突入した。  久保は亜希の到着を正門前で待っていた。 「久保さん、お待たせ!」  走ってくる亜希は、卸したてのシャツとジーパン姿。  屈託のない笑顔は高校時代のままだ。 「うわぁ……、本当に学校が変わってる。」 「あの頃は、半分、プレハブ校舎だったもんな。」 「プレハブ校舎の時も知ってるの?」 「君が高三の時に就任したからね。」  久保はいかにも先生らしく、ポロシャツにジャージ姿で、お世辞にも「お洒落」とは言い難い格好だ。 「プレハブ校舎は、夏が凄く暑くて……。」 「ああ、その癖、冬は異様に寒かったな。」  まぶしそうに学舎を眺める亜希に、久保はくすりと笑うと静かに歩み出した。 「中に入ろう。案内するよ。」  亜希もその後を少し離れて、歩き始める。  夏の日差しは肌をじりじりと焼いていく。  辺りは夏休みのせいか、人の気配はなく、妙に静まり返っている。  駐輪場に止めてある自転車も疎らだ。 「――ねえ、久保さん。」 「何だ?」 「久保さんは何の先生なの?」 「国語だよ。主に古典を教えてる。」 「えー、古典かあ。私、あんまり得意じゃないんだよねえ……。」  その言葉に久保はふっと目を細めた。 「そうだな、テストで赤点も取るくらいだしな……。」 「ええッ、赤点?! そんなに悪い?」  昔と違って、亜希はおろおろとする。  久保は笑いを堪えられずに、ククッと低く喉を鳴らした。 「そんなにおろおろしなくても平気だよ。もう卒業してるだろう?」 「え、あ……、そっか。良かったあ~ッ。」  ホッとしたのか、ほうと胸を撫で下ろす。 「俺が徹夜して作ったテスト中に居眠りをして赤点取った時は、全然気にしてるようには見えなかったのに。」 「へ……? 居眠り?」 「そう、夜更かしして勉強して、本番で寝ちゃったんだと。」  まるで昨日の事のように、あの日の亜希の姿を思い起こす。  自分の事を「久保セン」と呼ぶ声。  少し首を傾げて訊ねてくる仕草。  何より自分に甘えてきている彼女が愛おしかった。  ――懐かしい、もう戻れない日々。  少し先を歩いていた久保は、昇降口兼職員玄関の重い扉に手を掛けると、その思い出を胸の内に押し込めた。
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