第1話

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 新宿駅の地下通路を歩いていると、立ち食いそば屋からうまそうな匂いが漂ってきた。  こんな匂いのこもる場所で商売をするのはずるいなぁと思いつつも、横目で天そばの値段をチェックする。  310円。腹のすき具合も上々。時間もある。俺はポケットの小銭を探りながら店内に入った。注文を済ませ、天そばに七味をふりかけていると、隣の客がうどんをすすり上げる姿が目に入る。  小柄な70代の爺さんが、幸せの絶頂のような表情でうどんをすすっていた。  なんて旨そうに食べるんだ、俺もこの爺さんと同じうどんが食べたい。いや、今すぐこの爺さんになって、そのうどんを食べたい。そう思った瞬間に奇跡が起こった。俺の意識が爺さんの体の中に入り、口の中いっぱいに旨いうどんがつまった感覚が襲ってきた。これはたぬきうどんだ。  あぁ旨い。本当に旨い。幸せだぁ。そう思ったのは一瞬で、俺はすぐに我に返り、隣に目をやる。すると、さえないフリーターである俺の姿がそこにあった。何かひどく慌てている様子だ。  「どうしました?」  俺は俺に問いかける。すると俺は俺のことを指差して叫んだ。  「わ、わ、わ、わしじゃぁ~」  店内の客が俺たちに注目する。どうやら俺と爺さんは体が入れ替わってしまったらしい。昔そんな映画を見た記憶がある。あの映画の男は女子高生と入れ替わったのに、俺は爺さん……  俺の人生に起こるのは何時だってさえないことばかりだ。
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