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ともかく、何もかも緩やかに穏やかに上手くいっているんだ。
ただ、ある記憶が俺の気持ちを重くする。
『カズちゃん』
彼女は俺をそう呼んだ。
二年前別れた元妻だ。
真っ直ぐな肩辺りまでの長さの黒髪で、目がくりっと大きい。
彼女は、自分にはタワシが見えると言い、俺を好いてくれた、可愛い女性だった。
つまり理解者だと思っていたのだ。
しかし俺は彼女が抱える悩みに気が付かなかった。
彼女いわく、『私に興味無いでしょう』だ。
『もう嫌なの。もううんざり!
あなた私に興味無いでしょう!
朝から晩までタワシ、タワシ、タワシって。
リードを付けて歩く位良いわよ。
でもご飯を食べる時まで、タワシを膝に乗せるとは思わなかった。
寝る時もよ!
私を抱いた後の朝は、起きるとぎょっとした顔で私を見て、「ああ、うっかりしていた」みたいな顔で慌ててベッドから這い出て、タワシを胸に抱いてから「ああ、おはよう」って、どういうことなの?
・・・・それに、それに・・・・
・・・犬だなんて、嘘よ。
私はソレは犬には見えない!!
やっぱり無理よ!
自分には見えるモノが、ヒトには見えないっていうことは、すごく辛い事だと思ったわ!
あなたの事、支えたいと思った!
でもごめんなさい、もう無理!
だって、だって・・・・
ホントに、ソレ、ただのタワシじゃない!!!』
こうして、俺は彼女と別れた。
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