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何十分待ったか、雅文はまだ何も声を出していない。
見ているのも飽きてきた裕子は煙草に火を点けた。
自分の男はこんな男だったのか、と煙を吐きながら確認する。
目の前の男は肩を落とし小さくなっていた。
裕子が用意しておいた水が入ったグラスばかり見ており、動こうともしない。
店内の喧騒は相変わらずだ。
二人の間だけが静寂に包まれている。
だが、煙草も短くなった頃、いい加減裕子の腹は立ってきていた。
もう限界、と煙草を灰皿に潰しながら、ついに言う。
「何とか言えよ!」
大人になってからこんなに大声を上げた事はない。
食事を楽しむ店内が静まり返った。
たくさんの視線が裕子のテーブルに向けられている。
裕子はすっ、と立ち上がると、申し訳ありません、と言い頭を下げた。
テーブルに着き直すと、徐々に店内に音が戻っていく。
雅文は驚いたのか、俯いていた顔を上げていた。
そんな雅文に裕子はバッグから紙を一枚取り出す。
四つ折りにしたそれを広げ、雅文に見せた。
「あなたが話すべき事はこの事です。ネットって便利ね。私が見ないとでも思った?」
雅文が書いた結婚報告のブログのコピーだ。
ただそれだけの紙である。
そして裕子は他に知っている事をつらつらと言ってみせた。
ツイッターやブログの一部、すっかり覚えた文字の雅文そのままに目の前の雅文に聞かせる。
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