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「どうして…」
彼の目を見つめ、小さな声を洩らす。
「自分のオペが終わって廊下に出たら、緊急オペ欄に神崎さんの名前が書いてあって驚いたよ」
和馬は、カウンターで申し送りをするナースと河合先生に然り気無く目を向ける。
私の足もとに立つ若い麻酔医は、和馬が付き添ってるため安心しているのか、記録用紙にペンを走らせていた。
「…マズくない?」
私は声をいっそう潜める。
「ん?…別に関係ないだろ。一緒に仕事した事のあるスタッフが緊急オペしたんだぞ?様子を見に声を掛けるのは、外科医としても当然の義務だ」
和馬は自信あり気に言い放つと、ククッと喉を鳴らし笑った。
「神崎さん、病棟からお迎え来たから行きましょうか」
申し送りを終えたオペ室ナースが私達に近づく。
「神崎さん、お疲れさまでした」
オペ室の扉を開け、病棟のナースが声を掛ける。
「…神崎さん、御大事にね」
和馬はゆっくりと柵から手を離し…
《…明後日の夜中、病室に行く》
オペ室の廊下に流れるBGMに掻き消されそうな小さな声で、そう呟いた。
「……」
私は無言のまま小さく頷く。
自動扉が開くと同時に駆け寄る母の姿。
渡り廊下に差し掛かると、大きなブラインドの隙間から駐車場の外灯が見えた。
そうか…もう夜なんだ…。
まだぼんやりとした意識の中、私は和馬の見送るオペ室を後にした。
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