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柚がタクシーから手を振るのを見送った。
けれどまだ放心状態で、タクシーに乗り込める気分ではない。
学生時代から、さばさばしてて、豪快に笑って、そこらの男より男らしかった柚が?
『人のもんだと魅力的に写っちゃうんだよね。まやかしなのに』
最低発言を、豪快に笑いながら言ったけど、
柚だけは、私の知り合いの中で唯一の常識人だと思ってたのに。
「乗らないのかい? お嬢さん」
後ろから低い声がして、すぐに横にずれて譲った。
「先にどうぞ」
「ありがとう。だが……」
その男からは、強い煙草の臭いがした。
その臭いはよく知っていた。思い出の中で色鮮やかに臭うあの煙草。
――私が知ってるあの人と同じ臭いの。
「だが俺は君と同じ場所に向かいたいんだよ。速水そら、さん?」
「は?」
見上げた先に、190センチはありそうな男が立っていた。
キザったらしく前髪を少しだけ足らし、長髪に近い髪をワックスでしっかり後ろに流している。
ヤクザみたいな真っ黒で上等なスーツ。スーツからでも分かる筋肉。
雰囲気からして怖そうというか、悪そうというか。
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