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名刺は固く握りつぶされていて上手く広がらなかった。
ああ、成る程。響は、私の知ってる響じゃ無かったのか。
二度と広がりそうじゃない名刺を、代わりにころころ転がした。
「で、嘉山社長が寝てる時に逃げ出したら、怒ってさ。俺が会いに来ないなら、事務所潰す、仕事全部来なくなるぞって脅されて、また会うことになった。
そらに会いに向かってた日だから、一番近いホテルで待ち合わせしてた。
ああ、俺、つまんねー人生だなって笑いが止まらなくて。好きな女抱く事もできねーで、女みたいに抱かれるのかーとか、なんか色々諦めてた。逃げれないし、そらに迷惑かけれないし。
そん時に、ホテルの従業員が声かけてきてくれた。聖さんが、ね。『震えてますが、大丈夫ですか?』って。
優しいから泣いてしまって。理由も聞かないで『逃げましょう』って腕、掴んでくれてんだ。
権力やら仕事やら、恋情やら……俺が苦しむ事から救ってくれたのは、聖さんなんだ」
そう言うと、ふっと響から息が漏れた。
――泣いているのか体を奮わせているのか。
「聖さん、ここがまだ3階立てになる前の家だったけど、俺を連れてきてくれた。婚約者も半同棲中だったのに」
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