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薬莢(やっきょう)の残香が船上を漂う程の凄まじい瞬間が過ぎた後、長い静寂が続いた。ピローが振り向くと、ブラッドストーンは手摺にもたれ、背を丸めて海面を眺めている。海賊の襲撃はあったが、ブラッドストーンと他の乗船員によって敵は秒殺。そういう事である。
乗船員の一人、マーロン・ベレッタというドイツ人の男が靴音を響かせながらブラッドストーンに近づいて来る。
「では船を沈めます。」
と言うと、ブラッドストーンは軽く頷(うなず)いた。
マーロンが空砲を三発鳴らすと、今度はほうぼうでロケットランチャーの発射音と爆音が響き渡った。海賊退治の証拠隠滅である。
ピローはこの一部始終に、伝説のアンソニー・ブラッドストーンを今、目撃した。
「終わりました。」
再度マーロン・ベレッタからブラッドストーンへの報告が入った。ブラッドストーンは船上へ振り返ると目を閉じたまま少し頷いただけであったが、マーロンは二歩下がるとスッと切り返して即座に去って行った。
これはもう海運業社の動きではない。ラピスラズリ号には大きさの割に少ない18人の乗船員がいる。一見して感じたところ、この18人全てが無駄なく起動したようだった。つまり船長の力量である。
「集る(たかる)ハエに殺虫剤を撒いたようなもんでね。」
ブラッドストーンはピローにこう言っ
た。
「船長に撃たれるかと………。」
この類いの修羅場に暗いピローは、一人重力を失っているような感覚に見舞われていた。
「俺は海賊じゃない。君が賊なら撃っていたがね。」
「いつから海賊の襲撃に気付いていたので?」
「君にはこの際言っておこう。それこそ奴らの出港時から把握している。」
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