カリブ

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ジャンヌ・ピローはブラッドストーンの所属するマティス海運で8年目の航海士である。ディアドーラという熟練のアルゼンチン人船長の下で仕事をしていたが、非常に優秀なのでエースのブラッドストーンの元で早めに伸ばしてやろうという事になった。ディアドーラは"遅くとも確実に"がモットーで、顧客と喧嘩をしてでもこの方針を変えた事はない。当然海賊が出るとなれば遠回りでもそこを通らないか、保安庁の護衛を要請して押し通る。座礁・転覆・襲撃は一回でキャリアの終焉を意味する。恩義ある会社への裏切りであり、海洋への仇返しであり、反社会的勢力への追い風となる。全てを失うだけでは済まない半永久的罪悪を背負うという事なのだとディアドーラは常時肝に命じている。 しかし周囲から高い敬意を払われるその信念も、裏を返せば単なる素人技だ。本来ならブラッドストーンのようにあらゆる知略・戦略を尽くして切り抜けようとすべきであるが、その才能はディアドーラにはなく 、部下のジャンヌ・ピローにはあった。 武骨な職人は最後には評価されるだろう。しかしブラッドストーンのような優れた男に自身の能力や仕事量の不足分を補って貰った先にある評価である。そういう意味においてディアドーラには、真に顧客と会社のニーズに答えていないのではないかという負い目があった。しかし同時に、もしブラッドストーンがしくじった場合、自分は上げ底で評価され、また自身の流儀も揺るぎないものになる。その上ブラッドストーンが否定されるという事になれば、この世はディアドーラはおろか大多数を占める"努力する凡人"の手中に収まり、もう神だの運だので言い訳する手間も省けるのである。
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