第1話

10/12
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
(ウラジミル師の意に逆らう行動をとる以上、やつをこのままにしておくのは危険だ。おそらく、ヨシフは秘密警察を特権階級に押し上げ、自分の支持基盤にして、第二の国王になるつもりだろう。いずれ我々が解体すべき秘密警察の特権と権力を永続化することによってな……。 今は、わしが軍を掌握しているから良いとしても……ヨシフが秘密警察を完全に掌握すれば、軍に対抗できる一大勢力となる……。何としても、早いうちにヨシフをつぶさねばならぬ……。) そんなことを考えているうちに、国防省の玄関の前に着いた。 (やれやれ……明日から、また馬に乗って前線を視察せねばならぬ……。神官の僧衣を着て馬車に乗れるのも、今日だけだ……。)  レオン師は、疲れた体に鞭打つようにして国防省の建物の中に入っていった。信仰のためには、いかなる敵も粉砕するという、狂信的なまでの意思が、レオン師を支えていた。 時折、「おまえの信仰とは、ただの自己満足に過ぎぬのではないか?革命指導者としての、己のプライドを守るためだけのものではないのか?キュリロス正教における神の愛とは、殺傷や弾圧によらねば与えられないものなのか?」などという声が、どこからともなく聞こえてくるような気がしたが、レオン師は全て無視した。 (既に我々は、多くの部下や人民を犠牲にしているのだ。『我々の信仰は正しい』と信じていなければ、どうして前に進めようか……どうして政治ができようか……。ここで己の信仰に疑念をいだくことは、己の人生そのものを否定することに等しい。我々の全てを捧げた価値観や存在理由を否定することに等しいのだ……。)  だが、結果として、その信仰そのものがレオン師の目を曇らせることになった。信仰という色眼鏡を通してしか、国の現実を見ることができなくなり、そのために、人民が何を望んでいるのか、政敵が何を企んでいるのか、はっきり見えなくなっていたのだ。  それから数ヵ月後、貴族たちの反乱軍は、政府軍によって完膚なきまでに叩きつぶされ、貴族たちは外国へと亡命した。それと前後して、ウラジミル師の政治を批判した神官たちも、亡命せざるを得なかった。  彼らよりも一足先に国外追放になっていたユリウス師は、近隣の国々で有志を募り、ウラジミル師の独裁政権と、民主的な方法で戦うための組織をつくろうとしたが、志半ばにして、一年後に客死した。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!