第1話

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 ここは、ルースラント共和国の首都の官庁街にある、警察省の建物の中……と言っても、一般の警察とは別の場所にある、秘密警察の総本部である。そこで今、手錠をはめられて独房から出された男が、ウラジミル師と口論をしていた。 男の名は、ユリウス。かつて、ウラジミル師と共に正教救国同盟に参加し、民衆に王政打倒を呼びかけた革命指導者の一人で、ウラジミル師の親友でもあった、ユリウス師である。彼ら二人は、正教救国同盟を通じて知り合い、互いに政治や革命を論じては意気投合した時期もあったが、後には革命のやり方をめぐって激しく対立するようになり、ウラジミル師が独裁政権を樹立してからは、ユリウス師は秘密警察に捕らえられ投獄されていたのである。  ウラジミル師が、ユリウス師を丁重に扱うように、と命じておいたにもかかわらず、独房から引き出されたユリウス師の体には、秘密警察による拷問の跡が無数についていた。 「なぜ、わかってくれぬのだ!?わしが独裁政治をやらざるを得なかったことを……。」  ウラジミル師は、白髪だらけの顔を怒りでくしゃくしゃに歪めて言った。その前には、全身傷だらけのユリウス師が、秘密警察の機関員に両腕を掴まれて立っている。既に、相当な拷問を受けたにもかかわらず、なおも、その目は鋭い光を放ち、ウラジミル師を睨みつけていた。 「ふん、どんなに言い訳をしようと、おぬしのやっていることは、ただの虐殺だぞ。現に、『異端の思想を持つ者』として、おぬしに殺された者の多くは、異端の思想など見向きもしないような良民たちではないか。彼らはただ、配給される食糧の少なさに我慢できずに政府への不満をもらしただけで、秘密警察に逮捕されたのだぞ。大学の神学部で多くの論文を書いてきたおぬしなら、『不必要な殺傷や脅迫は、神の最も忌み嫌う所業である。』という言葉を知らぬわけでもあるまいに……。それとも、『あの論文で述べたことは、全て嘘だった。』とでも言うのか?」
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