第1話

4/12
前へ
/12ページ
次へ
 ふいに、ユリウス師の傍にいた秘密警察の機関員が、手にしていた剣のさやで、ユリウス師の腹を思いっきり小突いた。だが、ユリウス師はわずかに顔をしかめただけで、声ひとつ上げなかった。 「やめぃッ!!この男は、政治犯と言えども、わしの旧友でもあるのだぞ!!」 「しかし……。」 「これは命令だ!!やめぃ!!」  ウラジミル師の命令により、機関員は、しぶしぶ剣をひっこめた。 「……ふん!!しょせん、暴力を使わねば何もできぬのか……愚か者めが……。」  ユリウス師は、見下すように機関員を見て言った。 「何だと…きっさまぁ……。」  機関員は再び剣を振り上げたが、ウラジミル師が睨みつけたため、仕方なく剣を降ろした。 「ウラジミルよ。覚えておくがいい。貴様は、正教救国同盟の最大の裏切り者だ。いや、キュリロス正教の歴史上、最大の裏切り者だ。民主的な法治国家を作ると言いながら、歴代のどの国王でさえ作らなかったような、独裁的な官僚機構と秘密警察を作りおって……貴様は、いずれ、その報いを受け、地獄の業火に焼き尽くされることになるぞ………。」 政治改革のために、ともに立ち上がった同志とは言え、最後には、こんな形で相まみえることになろうとは、誰が予想しただろうか……。 (……ユリウスは、国外追放にするしかないだろう。あれだけ人民に人気があるのだから、処刑するのは、まずい。処刑すれば、『殉教者』として反革命分子どもの英雄に祭りあげられてしまう……やはり、国外追放しかない……。) ユリウス師を独房に戻した後、礼拝堂へ向かう道すがら、ウラジミル師は考えた。最近では、以前のように書物を読む時間がめっきり減ってしまい、ひたすら一人で礼拝堂にこもる時間が増えている。 官邸内にしつらえてある小さな礼拝堂に入ると、ステンドグラスから差し込む西日を浴びながら、ウラジミル師は静かにひざまずき、祈りを捧げた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加